2026-06-04

4学会合同ガイドラインは撤回を

  6月4日、都内で集会「いのちを切り捨て 医療を変質させる ~4学会合同ガイドラインの撤回を!」が開かれた。

日本集中治療医学会・日本救急医学会・日本循環器学会・日本緩和医療学会の4学会は、「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」を作っている。本集会はこれに反するものだ、

 弁護士の冠木さんは、このガイドラインは「生命維持治療を選択として捉え、その差し控えや終了も治療としてる」とした。そして死ぬことを提案するもので、撤回させなければならないと訴えた。

 リレートークでは「社会状況を考慮しすぎの判断になる。命は周りに左右されるべきでない」、「意識障害があっても緩やかに回復する」、「期限付きの生命維持治療の例として数日間としているが、数年目に意識が戻った人も多くいる」、「医療は命を守るもので、そのことに集中すべきだ」、「人工呼吸器なども車いすと同じ」と言った発言があった。

参加者の一人は「先日、父が救急車で運ばれるとき、看護師から『90になると。延命治療しない方が良い』と言われた。怖い」とのべた。

 集会資料は、以下のページにある。

 https://sites.google.com/view/inochinokirisute-hanntai/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0#h.iufqn5y7ij5q

働ける制度にして!

 今、働いていないので言及する立場でないが、私にとり「はたらく」とは、自分と社会の関係性を維持することと、やる気の向上させるという2機能がある。

■関係性維持

 誰かのために活動すると、その行為をきちんと行おうとする。例えば、サークルでイベントを企画して実施する場合、「メンバーにわかりやすい計画書を作ろう」「会場はどのようなレイアウトにすれば、みんなが楽しいか」等と考える。この過程で、社会性が身につき、社会と繋がっている感覚を持つことができる(社会がどう思っているかは別とする)。

■やる気

 頑張った行為に対し誰かに評価されたり、お金を得ると、「よっしゃー」と思う。特にお金は、わかりやすいモチベーションである。給料がもらったら何を買おうかと思案するのは愉快になる。生きるハリが沸いて出る

 

 重度の障害者が使う福祉制度の重度訪問介護は、労働している時間はヘルパーを使えない。つまり、通勤できない、仕事中のトイレ・食事などができない。重度訪問介護の不備を補う市区町村はあるが、数が少ない。働くことは生きる活力になるが、国がそれを奪うのはひどい。 

2026-06-02

重度訪問介護の国会答弁

 6月1日、木村英子参議院議員は、重度訪問介護に関して質疑しました。入所施設のつらい体験談や、同制度が色々制限かけている現状を厚生労働省に説いています。

https://www.youtube.com/watch?v=eXJtp6GlSA8


2026-05-04

私の読書法

  私は、本を読むのが好きだ。しかし二次障害で、首が安定せず視線が乱れ読みにくくなった。どうするべきかを考えた末、Kindleの読み上げ機能を使うことにした。これは本のテキスト部分を読み上げてくれる機能である。音声化は「Audible」というサービスもあるが、これだと活字が見れない。音声と活字を同時に得ることができるのが、読み上げ機能である。

  • Kindleで本を開く
  • メニューのツールから、「読み上げ機能開始」(もう1回押すと停止)
  • スペースキーで一時停止


本を買う前に「Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) ‏ :」が有効であるかを確認する

 この機能を使い始めて1ヶ月、7冊読むことができた。

2026-04-26

地域生活の思い 

  知的障害者、精神障害者は、自分の地域で支援を受けて暮らすべきだと考える。なぜならば、「この地域はいろんな人が良い」と言う社会的なメッセージになるからだ。この多様性は軽視されがちだが、みんなで地域経済を盛り上げることになる。「病気や心身が不調になっても、ここで暮らせ活動できる」と言う安心感に繋がるからだ。知的障害者が楽しく活動する地域は、多くの人にとって暮らしやすい。

 知的障害のある人が地域で暮らすためには、知的障害の利用者を支える重度訪問介護事業所を増えることが必要だ。私は地域サービスを拡充させたいと思う。

2026-04-13

知的障害の辛さ

  先日、幼馴染みの友達(重度の肢体不自由と知的障害)と合い、その母親が彼女の近況を教えてくれた。「この前、〇〇ちゃん、全然食べなくなり、かなり痩せちゃった。今は食べてくれるようになったよ!」。娘が急に食べなくなったことは、心配だったに違いない。

 それ以上に本人はかなり当惑したと思う。知的障害があるということは、自分の身体の状態も把握できず、周りに伝えることができない。「お腹はすいているのに、なんか食べられない」、その違和感と格闘していたと思う。自分に何か起こっているかわからない恐怖。私たちは原因を自分で考え、インターネットで調べることができる。そして、症状を医療者に伝え、治療する。知的障害があると、それらができず、巨大な不安がずーとある。考えること、思いを伝えることでないことは、人間にとって過酷すぎる。